メモ

記録

中高の頃きらきらひかるが好きすぎて子供の名前紺にしたいと思ってた

江國香織童話集』がめちゃくちゃ良い。久しぶりに「これは私の物語なんじゃないか!?」(良い小説を読んだ時あるある)と思った。

きらきらひかるについて最近改めて考えた時にも思ったが、みんな、他者の存在によってのみ孤独を感じるのに、孤独を癒せるのも他者の存在だけだから、他者を求めてしまう、その悲しさと滑稽のようなものを江國香織は俯瞰、というか受け入れて達観しているなあと感じる

(主に恋愛関係を通じて)誰か自分のことを完全に支配してくれ、それであればいっそ自分の存在は支配者の所有物になるから理論上孤独ではなくなり楽で、しかし実際人間同士感情や思考まで完全に支配することは難しいので、余っているリソースで色んなことを考えたりしてしまいそのすき間に孤独が入り込むので苦しんでいるような人たちが描かれていることが多い(東京タワーの透くんとか)

そういう人の孤独な営みをうつくしく描くのが上手いよ〜〜〜うますぎる江國香織

そして恋人も家族も、どんなに近しい関係の他者も、私を孤独から救いはしないのだということを何度でも教えてくれていた江國香織

ちゃんと言語化できたのは最近になって初めてだけど、そういう物語を好んで思春期に摂取したことが確実に人格形成に影響与えてる気が、、する、、、

馬鹿な女

リュックについての指摘は1/6あたりに後輩と食事に行った時、エスカレーターで前後の関係になり、「リュック空いてますよ」と言われたのが最後である。

 

その子は「以前、雑貨屋で購入した、自然に口が開いてきてしまうリュック」の話をしてくれた。

「こんなものを売ってはいけないと思いました」と憤っていた。

 

 

今まで暮らしてきて、忘れられない発言というのはいくつもあるけれども、最近なぜか、4〜5年前に恋多き友人の女性が当時の元カレについて言っていた「あの人はね、馬鹿な女が好きなの」という発言が頭から離れない。ちなみに、可愛い声でこともなげに言っていた。口調のトーンまで鮮明に思い出せる…

確か、別れた元彼が、自分の友達と付き合いはじめたという文脈だったと思う、、

 

「馬鹿な女」という言葉のインパクトよ。

 

多分、人のことを心から「馬鹿」だと評する場面が珍しいから印象に残ったんだろう。

 

「馬鹿」という言葉は、日常生活ではあんまり、そのままの意味では使わない。

「馬鹿」「ブス」などの言葉を、ある人を本質から「知能が低い」とか「外見が醜い」と評価するために真っ向から投げつける人はあまりいない気がする。

 

「馬鹿じゃんw」とか「めっちゃブスww」とか言うとき、本気でその対象の本質を馬鹿とかブスとか思っていない。多分。

 

なつかしい。

リュック日記 12月29日

お茶の先生の家に向かう途中、最寄り駅のエスカレーターで後ろから肩を叩かれる。

「ポケット開いてますよ」

振り返ると、茶髪のおばさまだった。

リュックの外についている小さいチャック付きポケットが全開になっていた。

中には何も入っていないのでまあ、いいっちゃいいけど、、

何かあってからでは遅いというもの。

世の中親切な人が多いな。

リュック記録は続く。

12月19日 リュック日記②

会社のエントランスで社員証をリュックの外ポケットから取り出した時、友達からインド土産にもらった紅茶(マッチ箱のような外見)が落ちてしまった(っぽい)。

 

またしてもイヤホンをしていたので、警備員に肩を叩かれてマッチ箱(紅茶)を渡される。

12月17日 リュック日記①

行きの電車で『日日是好日』を読んでいたらリュックを閉め忘れたまま会社近くまで来てしまい、川を渡る橋の上で派手なニット帽をかぶった女性にジェスチャーで「リュック空いてますよ」と伝えられた。

 

わたしがイヤホンをしていたからジェスチャーだったのだと思う。

 

リュック全開で歩いてて道行く人に教えてもらうこと2ヶ月に1度はあるな。

本当の頻度が気になったのでブログに書いて記録。