メモ

記録

2020年GW

5月2日 土

昼過ぎて起床。

痩せようと思い買っておいた材料でひじきの炒め煮を作る。

あまったにんじん1本を使ってキャロットケーキを焼く。

水出しアイスティーが飲みたくなったので、ほとんど夏みたいな気候の中、住宅街を縫うように40分ほど歩いて隣町の紅茶専門店ティーバッグを買いに行く。

「店内に入れるのは2人まで」と書いてある。私が入店したあと、2人組が来て、1人が入ってきて「2人で来たんですけど入ってもいいですか?」と店員に尋ねる。

店内は3人になった。

最近引っ越した知り合いに、引越し祝の茶葉を送る。

夕飯はガパオライス。

 

5月3日 日

Rebuild.fmのライブ配信に合わせて10時頃起床。

午前中はこれを聴きながら仕事をすると決めていたが、朝ごはんを食べ、かるくメールを返しているうちに2時間半経ち、ライブ配信は終わった。

仕方なく無音のなかで仕事。

14時頃、一応仕事が終わったので、大量にある作り置きのミートソースにパプリカと赤ワインとチーズを足してパスタに絡めて食べる。パプリカが不味い。

一晩寝かせたキャロットケーキ、旨い。

夕飯は菜の花と鶏むね肉の豆板醤炒めを食べたかったが、スーパーや八百屋など5,6店舗を巡回しても菜の花が見つからなかった。

初めて明確に、春の終わりを悟った。

 

夕飯は鶏むね肉のチリソース、ひじき、マグロとアボカドとトマトのマリネ

 

あいみょんの新曲「裸の心」をnanaに載せようと30分以上試みたが、絶望的に音域が足りないので諦める。

 

5月4日 月

昼前に起床

14時頃から友達と電話

近所にコーヒー豆を買いに行った帰り道、商店街で男女2人組に「この辺でおすすめの飲み屋知りませんか?いまからあと2人来てサクッと飲むんですけど」と訊かれ絶句

高架下の店は開いてましたけど、基本どこもテイクアウト営業だと思いますよと事実を述べたが、それで良かったのだろうかと悶々。機転のきいた返答ができず。

 

その直後、八百屋の列に並んでいたら前にいた人に「離れてくれます!?1メートルって言ってんでしょ!?」と怒られる。謝る。

社会の分断だ…と思って絶望する。

げんなりと帰宅して、ポストを開けると地元議員お手製の小冊子(給付金の受け取り方などについてまとめたもの)が入っている。

誰がポスティング作業をしたんだろう。さらにげんなりした。

 

5月5日 火

昼前に起きて、昨日買っておいたカレーパンを食べる。足りなくてシリアルも食べる。シリアルはあまり食べてる感がなくて食べすぎるし腹持ちが悪い。太りそうなのでこの大袋を早く食べきってしまいたい。

 

無性にベーグルが食べたくて、気に入っている駅の反対のお気に入りの店は定休なので、別のベーグル屋を目指して歩く。

14時前。売り切れだった。

「感謝と奉仕」と看板にでかでか書かれたスーパーで初めて買い物する。今まで出会った全てのスーパーの店員さんの中で最も塩対応だった。ずっと俯いていて声がほぼ聞こえないほど小さい。感謝も奉仕もしたくないんだろう。その気持ちはめちゃくちゃ分かる。看板の文字が塗りつぶされる日が早く来るといい。

いつものパン屋でクロックムッシュとベーグルを買い、肩を落として帰宅。

ブログを書いていたら夜になった。起きて水餃子を作る。茹で時間を見誤り、皮がややドロドロになってひっついてしまったが、まあ美味しかった。

 

5月6日 水

ベーグルを手に入れるべく11時頃起床。

無事にベーグルを手に入れる。

千早茜の『透明な夜の香り』を読み始める。いいところで、友達と電話の約束をしていた時間になった。

医師として働いてる友達と話すのは約2ヶ月ぶりだった。病院にしては珍しく(珍しいことらしい)経営状態のよい首都圏の病院では、一応マスクも防護服も足りているらしい。「多分金に物言わせれば手に入るんだと思う、マスク」と言っていた。

休みの日が自宅待機なこと以外は、比較的平穏に暮らしているようだった。このまま持ちこたえてほしい。天災の規模が大きすぎて、もう最近は知り合いのことしか祈れなくなっている。

彼女と話すとつい病院のこと、医療のこと病気のことなど興味本位に色々質問してしまうが、まあそんなふうに一般人から質問攻めにされるのにはもう飽き飽きしているんだろうなといつも途中で思い至る。

彼女が最近気になっているという男性との話をしてもらった。

頭を撫でる、車道側に出てくれるなどのモテ仕草は、優しさや人柄じゃなくて経験やテクニックを表しているだけだからねと伝えたけれど、まあ楽しそうなので存分に楽しむよう伝えた。元気そうでよかった。

キャベツを炒めながら、「自炊って、思った通りの味にしかならないから全然面白くない」と言っていた。

 

電話を切ったあと、『透明な夜の香り』を読み終える。めちゃくちゃ面白かったので興奮気味にツイートする。

アイスを食べて、お風呂に入り、映像研の漫画を少し読み進めて、寝た。

4月の読書月記

 自粛生活幕開けの月。

 

 幸い、(個人の勤務態度は別として)これまでとほぼ変わりなく仕事ができていた。求められる仕事の量も、会議の頻度も給料も変わりない。

 茶髪やネイルが許容されそうだからという理由でIT企業に就職を決めたが、このようにメリットを享受する日が来るとは考えていなかった。きちんと考えておくべきだったんだろうな、と思う。

 つくづく、世間知らずな学生の分際で出来る損得勘定などたかが知れていたんだろう。でも今は、社会人3年目の分際で出来る損得勘定などたかが知れているだろうと思う。こうやって思考停止していつまでも、知恵を尽くした悔いなき人生のための将来設計のことを「損得勘定」などという冷たい言葉にわざと言い換えて生きていくんだろうか…。はあ。

 ある日突然大きな建物が出現して、それまで当然のように日光が当たっていた自分の住みかが物陰になる。日向と日陰はくっきりと分断される。でも、次どこにビルが建つともしれないし、そもそも日が傾けば日陰の位置は変わる。人為的なものとそうでないもので、それでもくっきりと境界線が描かれていく、そんなような…あんまり上手い喩えじゃないな。

 とにかく、月並みだけれども、あやうい地盤の上に生きているよなあと能天気に日々思う。

 

春になったら莓を摘みに (新潮文庫)

春になったら莓を摘みに (新潮文庫)

 

梨木果歩 『春になったら莓を摘みに』

 梨木果歩氏がイギリスの下宿で、異文化・異民族との触れ合いに戸惑ったり、傷ついたり、感銘を受けたり、四季のうつろいを愛でたりする日々のことが綴ってある。

 三浦しをんが書評集の中で「人生におけるエッセイベスト10(だか5だか忘れた)」に挙げていたので、購入。

 最初の1ページを開いたところで、たぶん同じ理由で10年くらい前にもこの本を手に取り、結局読み終えられなかったことを思い出した。

 当時は「なんか小難しいな…」と思って挫折したはず。今回も、薄い本なのに読むのに1週間以上かかった。筆致がわりあい硬質だからだと思っていた。でも改めて読み返して分かった。10年前もいまも、この本に描かれている事実や感情を噛み砕ける知性と、受け入れる懐が私の中に無いからすんなり読み進められないのだ。

 取り上げられるのは確かにクリスマスの話とか、庭のリスとかで、モチーフは可愛らしいものも多い。でも、全体を通じて描かれ続けるのは、「相手を理解できないこと」「自分が理解されないこと」を思い知るエピソードばかり(そして特に、前者のエピソードの時がつらい)。

 アメリカだかイギリスの大学に進学した高校の友人が、渡航してすぐくらいにくれた電話で開口一番に「辛い。周りの人間のバックグラウンドがあまりにもバラバラ。分かっていたはずなのに受けとめきれない。混乱する。」とこぼしていたことを思い出した。彼女は私の知り合いの中では1,2を争う知的にタフな人間で、外人の友達も沢山いるように見えていたので、そういう人でもこんなに弱り切るんだなあとかなり驚いたのを覚えている。もう何年も話していないが、結局なんやかんやで今も向こうで研究を続けているようなので、たぶん混乱に対処する方法も見つかっているんだろうと思う。

 梨木果歩は(小説家だから当たり前だが)ものすごく観察眼が鋭く、人並み以上に感受性豊かで、強烈に思慮深い。その解像度で、私の友人が目の当たりにした混乱を描くんだから、とにかく情報量が凄い。

 異国の地でサバイブするために、同じコミュニティーにいる人と分かり合って和やかに暮らしたいと思うのは自然なことで(ここまでは想像できる)、そのとき相手が自分には受け入れがたい言動を繰り広げる苦しみというのは多分相当なものだろう(この想像はもうかなり怪しい)。

 多様性を受け入れるということはそういう受け入れがたい(=拒絶したくなるような)ものを何らかの形で受け入れるということで、バックグラウンドが違うのだから言動が違うのは当たり前で、たとえその言動が悪意に基づいていたとしても、その悪意さえ何らかの否定し得ないバックグラウンドに起因するのだとすれば受け入れるべきで…とかなんとか、それでも感情的に受け入れられないモンは受け入れられないこともあるはずで、私なら自分で自分を板挟みにして発狂する自信がある。

 そういう、私なら発狂必至の日常が、淡々とした筆致で描かれている。

 私は狭量で知的タフネスが足らないので、この日常を梨木果歩とともに丁寧に歩める領域に達していない。よく分かった。人類としてのレベルが低いんです私は。

 

猪ノ谷言葉 『ランウェイで笑って』 13-15巻

 基本的にこの話は、デザイナーを目指す主人公・育人くんの成長が著しすぎて向かうところ敵なしのため、あまりにもすべての難題が秒殺されてしまう。最近はもう育人くんがあまりに安定してずっと一本調子で無敵のため、主人公の成長を味わうというよりは、手を変え品を変え襲い掛かるいろいろな難題の方を味わう感じになってきている。それで若干放置していたが、初のステイホーム週末に備えていそいそとKindleで購入。

 相変わらず育人くんは無敵。異常なスピードで成長してすべての難題をクリア。いや君、そこら辺にいる冴えない服作りが趣味の高校生なんじゃなかったのか。ふつうに有名ブランドのデザイナーになってるし、TGCに出品してるし、パリコレにも手が届きかけてるよ。でもちょっと久しぶりに読んでわかったけど、この異常なスピード感が良いんだたぶんこの漫画は。特段苦労もせず(せいぜい2徹で頑張って縫うとかそういうレベル。それで潰されそうだったブランドがまるっと救われてしまう)どんどんのぼりつめていく様子は、100本ノックを見ているような小気味よさがある。

 まあでも、最近あんまり出てなかった千雪ちゃん(推し。天才的モデルの才能を持つが、背が低いという決定的なハンディを背負っている)がたくさん出てきたので楽しかった。強いヒロインは良い。もっと育人くんをタジタジにさせてほしい。タジってる育人くん可愛いし。

 『ランウェイで笑って』、それにしても良いタイトル…。「モデルはランウェイで笑ってはいけない」(主役は服なので、モデルの表情に注目を集めるのはNG)というセオリーがどんな結末でどのキャラの台詞で仕草で覆されるのか楽しみで仕方ない。それを見届けたいというのがこの漫画の新刊を買い続ける理由の半分以上になっている…。なんだかんだ、ラストシーンでは泣いちゃう自信ある。

 

ご本、出しときますね?

ご本、出しときますね?

  • 作者: 
  • 発売日: 2017/04/25
  • メディア: 単行本
 

BSジャパン/若林正恭 『ご本、出しときますね?』

 2,3年前にやっていた小説家(週替わりで2,3人ずつ)とオードリー若林のトーク番組を書籍化したもの。全部観てたので内容はだいたい覚えているんだけど、ちょうどよく記憶が薄れてきたところだったので久々に反芻したくなって購入。結果、ほとんど内容覚えてたけどそれでもめちゃ笑った。

 白岩玄のマイルール「海の砂浜でジャンプして写真を撮る女とは距離を置く」っていうのが本当に好きだ、「楽しそうな瞬間を“盛って”でも作りたい」という思想の持ち主に近寄りたくないかららしい。け、潔癖~。

 写真というものは切り取り方に必ず恣意性があるもので、そういう意味では多かれ少なかれ写真はすべて虚像で、そこに嘘の匂いをいちいち嗅ぎ取ってたらインスタを5分眺めただけでぐったりしてしまうだろう…。いや、実際分かるけども。明言して断言する頑なさが、凡人たらざる所以だなと思う。出てくる小説家の話を読んでいると、そういうことの連続で面白くて楽しい。

 あと、つまらないギャグを言い続ける人に何て言って対処すればいいか?って聞かれた若林が、回答として「ご機嫌ですね~」とか「ロケットスタートですねw」とかを挙げていたのでみんな使っていこう。私も使う。

 

ミシン (小学館文庫 た 1-4)

ミシン (小学館文庫 た 1-4)

 

 嶽本野ばら 『ミシン』

 どうしようもなくはみ出した者同士が傷つきながら運命的に出会い、強く結びつきなおも傷つけられる的な痛ましい中編集。これも三浦しをんの書評が素晴らしすぎて購入。

 ↓空前絶後の名書評だと思う。(『三四郎はそれから門を出た』より)

「生まれて初めて吸った煙草のけむりが、気管を降りて今まさに肺に到達しようとしている。白い汚染物質にまだ一度も触れたことのない薄桃色の肺胞は、あとコンマ数秒後に確実に流れ込んでくる煙の存在をはっきりと予感している。この本はそんな、どこか諦めにも似た深い静けさに満ちている。」

 この本を読んで私が思い出したのは、いわゆる思春期の頃、「相手にとっての自分が、自分にとっての相手と同じ重みではないかもしれない」という観念にしばしば取りつかれては苦しみ、内心悶絶していたことだった。当時は付き合っている人もいなかったので、先生やら友達やら親やら、周りの近しい人たちのふとした言動を目にするたびしょっちゅうこの観念が頭をもたげて来て、そのたびに深く絶望して痛みを感じていた気がする。

 平たく言うところの「我等友情永久不滅」「ズッ友」的な意思表明は、基本的に思春期を過ぎるとなりを潜める。最近、実家で高校の頃使っていたガラケーを発掘して、友人とのメールを読み返したらまあいろんな意味で痛々しく気が遠くなったが、何より今なお交流のある友人との距離感が、今ではとてもできないような近さで面食らった。詳細は思い出したくもないが、たぶん当時はそうやって親密さを確認し合わないと辛かったんだろう。エネルギーを持て余しては手当たり次第に周りの人に肩入れして、同じだけの情熱が返ってこなければ絶望して、というのを繰り返していたように思う。

 当時あれだけ近しかった(近しすぎた)友人らとも今は適切な距離を保って、ほどほどの頻度でまとめて近況報告し合っている。当時だったら、「最近彼氏できたんだよね。2か月前くらい?」とでも言われようもんなら発狂だろう。2か月も前に!?どうして言ってくれなかったの!?(わなわなと震える)みたいな。

 「相手にとっての自分が、自分にとっての相手と同じ重みではないかもしれない」という事実は、昔も今も変わらない。「まじか。ふ~ん。」くらいのモンだ。というか、もう大人だから、そうでないとやってらんねー。例えば、大して仲良くない人の結婚式になぜか呼ばれるのも、仲良いと思ってた人が気づいたら結婚して転職して引っ越してるのも。

 

ゆびさきと恋々(1) (KC デザート)

ゆびさきと恋々(1) (KC デザート)

  • 作者:森下 suu
  • 発売日: 2019/12/13
  • メディア: コミック
 

森下suu 『ゆびさきと恋々』 1巻

 難聴で手話を使って話す女の子と、トリリンガルの男の子の胸きゅんモノ。ネットでこれを褒めている人がいて、ちょうどろうのカメラマン齋藤陽道さんのエッセイを読んでいたこともあり購入。

 絵柄、めちゃ綺麗。森下suuという漫画家は、ストーリーと絵を別々の人が担当しているらしい。へ~。

 手話ってちょっと今までにないモチーフだなーと思って読み始めたけど、大筋はn番煎じの、内気でうぶな女主人公が、イケてるメンズ(胸キュン動作を熟知)に見いだされる、という王道のやつ。でもとにかく絵柄がめちゃくちゃ綺麗。最近あんまり少女漫画読んでなかったけど、出色の繊細だと思う。それだけで十分読む価値がある。

 設定上、主人公がほとんど声を出さない(スマホの画面とか手話をつかって発話する)ので、吹き出しが少なくて無音のシーンが結構多い。それがとても効果的に挿しこまれており、壊れやすく静謐な世界観が作られている。息を詰めて読みたくなる感じ。たぶんざわざわした通勤電車で読むやつじゃないやつ。寝る前に照明を落としたベッドの上か、休日の昼下がりに読むやつ。ちゃんと心が凪いでる時に読まないと、(台詞の文字が少ないので)高速でページを繰ることになってしまう。

 物語の展開も、ちゅどんちゅどんとハプニングを起こしてヒロインとヒーローの距離を縮めにかかるのが通常運転の少女漫画よりは遅め。私は気が短いので若干じれったく感じた。あと2冊くらい出てからまとめて読みたいな…でもまとめ読みのスピード感で読むのもそれはそれでまた間違った味わい方のような気もする。

 ところで、この話は主人公の性格がそもそも大人しいっていう設定なのでさておき、手話で(おそらく日本語対応手話と日本手話ですこし事情は違うと思うのだけど)話している人って別にそんなに静かな印象じゃないんだよな。齋藤さんも「(手話で)全力で言葉を尽くして話した後は腕がめちゃ疲れる」みたいに書いてた。マシンガントークで喉乾くのと一緒だな~と思った。当たり前か。

 

酔って記憶をなくします (新潮文庫)

酔って記憶をなくします (新潮文庫)

  • 発売日: 2010/09/29
  • メディア: 文庫
 
ますます酔って記憶をなくします (新潮文庫)

ますます酔って記憶をなくします (新潮文庫)

  • 発売日: 2011/04/26
  • メディア: 文庫
 

石原たきび 『酔って記憶をなくします』、『ますます酔って記憶をなくします』

 自粛ムードに疲れてきて、アホな話に癒されたいと思い購入。

 「酔って記憶をなくします」というmixiコミュニティ(!)に寄せられた酔っ払いの武勇伝を集めただけの本。「酔って海へ、気づけば鼻の辺りまで海水が。上司のハゲ頭に柏手を打って拝む。交番のお巡りさんにプロポーズ。タクシーで5万円払い「釣りはいらねえよ」。居酒屋のトイレで三点倒立の練習。ホームレスと日本の未来について語り合う」などなど。人間ってすごいな、と素直に思う。酔っ払いの奇行も凄いし、なんだかんだそれを受け入れて許している周りの人間も凄い。

 酔って記憶を完全になくしたことは今で一度もない。史上もっとも深酒したのは大学時代のサークル合宿で、酔い方としては「笑いダケを食ったかのように爆笑し続け、大声で周りの人を指さしながらダメ出しをしていた」というもの。朝になって目撃者から何をダメ出ししていたか聞いたら、全てが普段から思っていたが口に出していなかった内容だったので絶望した。酔ってダメになるのではない、酔って本性が見えるだけというのは本当だ。今でも普通に接してくれるサークルの人たちに感謝。ダントツの黒歴史。あれを超えてくるものがまだない。早く塗り替えたい。

 

 大童澄瞳 『映像研には手を出すな!』 1巻

 正直、先月の記憶がけっこう曖昧だ。映像研にハマっていたこと以外は…。

 一部界隈でめちゃくちゃ流行ってるやつ。映像研究同好会でアニメを作る女子高生3人組の話。

 4月最終週に映像研のアニメをFODで一気見してからもう夢中になってしまい、それからは寝ても覚めても電撃3人娘をいとおしく思うのに忙しく、実写版を観たり、ファンアートを漁るためピク●ブに入り浸ったりしていた(今もしている)のでもうあまり他のことを覚えていない。

 Rebuild.fmという、愛聴しているテック系ポッドキャストで出演者全員が「モノづくりに携わる人には確実に刺さる何かがある」等と褒めちぎっていて興味をもったのがきっかけ。(まあ確かに、こだわりや誇りをもってアニメづくりに取り組む姿を見て、私もちゃんとこだわってパワポだのExcelだのシステムだの作ろう、とちょっと奮い立たされた。)

 あと、原作の著者が「趣味全開で描いてます」みたいに言ってるので、たぶん漫画好き・アニメ好き・ロボット好き?にはたまらないディテールが随所にちりばめられているっぽい。(私には分からない)

 まあ私はそういう本質とか神髄的なものは一切感じ取れないポンコツ視聴者だが、もうアニメ最終話まで観たらもう。ストーリーとかメタファーとかオマージュとかは分からないが、とにかく3人のことが好きすぎて胸が苦しい。

 何が良いって、3人とも高校生で、アニメづくりは高校の部活動。ということは、作中で高校1年生の3人娘は、あと2年したら高校を卒業してたぶん離れ離れになる。3人のアニメ作りは、少なくとも今の形態では続けられないのだ。

 アニメ版の最終話は「私たちはまだまだこれから!」というニュアンスで終わったし、原作漫画はまだ完結していない。じゃれあいながら全力でアニメを作る3人は、アニメの中で、漫画の中で、とても素晴らしい青春を過ごしている。

 でも、私は、そういう日々がそう遠くないうちに必ず終わることを知っている。その有限性、不可逆性の中で、渦中にいるからそれに気付かずあまりにも生き生きとしている3人娘の躍動を見ているとノスタルジーなのか羨望なのか庇護欲なのかなんなのか分からないがとにかく泣きたくなるようないとおしさで胸がいっぱいになる。

 よって他のことは何も考えられません。

 原作は5巻まで出ていて、まとめ買いしたけど読み終わるのが惜しいのでちょっとずつ読んでいる…。

 仲良し女3人組的なジャンルで言うといまドラマでやってる「地獄のガールフレンド」も原作ドラマともどもめっちゃ良いんだが、こっちはアラサー女子の終わりなき日常を切り取った話なので、映像研的な切なさはあんまりない。

 3人組の関係性に関しても、『ミシン』の感想で書いたみたいな異常な親密さの有無があるかもしれない。

 

***

とにかくもう今わたしのiPhoneの待ち受けは映像研になりましたから。ミーハーですので。

ドラマもまた違ったストーリーなんだがとっても良いよ~~~映画早く観たい。アニメも2期はよ~~伊藤沙莉さんの浅草氏がすごくすごくすごくよい。

3月の読書月記

沢山映画を観ると決意したのが2月末。それで3月は8回映画館に行った。(+Prime Videoでは2本観た)

それまでは、年に2回行くかどうかだったのに…自分の短絡的な行動力にそこそこ唖然。

コロナでさっそく出鼻をくじかれた形だが…

 

お茶の時間 (講談社文庫)

お茶の時間 (講談社文庫)

  • 作者:益田 ミリ
  • 発売日: 2019/06/13
  • メディア: 文庫
 

なんか、丁寧な暮らしっぽいのんびりした本を読んで、かわいらしいメンタルになろうと思い、最寄り本屋で面陳されていたので購入。

が、益田ミリ若い女子の味方っぽい絵柄のわりに全然若い女子の味方してくれないのを読んでから思い出した。

たぶん、ほっこり絵柄で凄まじい切れ味、というのが益田ミリの魅力なのだろうな。ぼんやり読んでいるとグサリと刺される。

一番グサリだったのは、益田氏がひとりで入ったカフェで、近くの席にいた若い女子たちが「もうすぐ30歳じゃん~やばい終わる~」とか話しているのを聞いて、フフフ…じゃあ私は終わってるってことか…とほくそ笑むシーン(益田氏は御年51歳)

確かにその若者たちの発言は浅はかなんだが、それをそう描く益田氏のうっすらとした悪意、あと、そういう若者の無神経さとか知見の狭さに対して、「フフフ」とほくそ笑むスタンスに胸がざわついた。

この「やばい終わる~」みたいな、多方面に放られた(特定の個人を意図していないという意味で)悪意なき、悪意とでも言うべきものが自分に向かってきたときどう対処するか、というのは人によって違うし、正解もないと思う。

でも、「フフフ」と冷笑気味に距離をとるのは、なんか怖いと思った。背筋が冷えた。

 

新装版 三四郎はそれから門を出た (ポプラ文庫)
 

 大好きな三浦しをん女史が直木賞の選考委員になったのが嬉しすぎて、会社でTwitterを見ていて(見るな)、知ったその日の帰り道のテンションで何度も読み返したはずのこれを文庫で再購入。 

三浦氏の書評大好き。彼女の小説はもちろん最高なのだが、読み手としてのアウトプットレベルが高すぎる。主題をがっちり捉えたうえで、なぜその主題が読み手にとって意味があるのかを、押しつけがましくなく提示してくれる。こういう読み方ができるようになりたい…といつも思う。

文学賞の選評も毎回本当に意味わからないくらい面白い。

女による女のためのR-18文学賞 | 選評 | 新潮社 

女による女のためのR-18文学賞の選評は毎年本当に楽しみにしていて、前回も「十二行目までで、「(イヤフォンを)耳にさし」という表現が四回も出てくるのは、常軌を逸した耳にさしまくりぶりだと言わざるを得ない。」とか言っていてまじで笑った。(ここはややふざけているが、平易な文章・ふざけた調子で鋭いことを言いまくっていて毎回しびれる)

三浦氏の書評集の中だったら、これが一番好き。ふつうのエッセイも読めるし。

「耐え難く代えがたいもの」の章でいつも少し泣きそうになる。 

 

本屋さんで待ちあわせ (だいわ文庫)

本屋さんで待ちあわせ (だいわ文庫)

 

 『三四郎はそれから門を出た』を買うとき、隣に並んでたからついこれも…読んだことあるし実家に単行本あるけどさ…買ったよね…。装丁かわいいし(言い訳)。

三浦しをんの書評集の中では最新だから、いろいろ最近出た本を知れてよい。

ノンフィクションが結構たくさん紹介されていた印象。学術書とか専門書まではいかないけど、小説家・文筆家ではない人(科学者とか探検家とか音楽家とかタレントとか)の本をよく読んで、毎回めちゃくちゃ生き生きと書評している。すごい。

興味を広げる営みって結構体力いるなと思う。たとえば私は死ぬほど運動音痴で、スポーツはやるのにも観るのにも一切興味持てない。で、このあまりのスポーツへの縁遠さに対するコンプレックス(=スポーツ好きの人は何となく明るそうだし気持ちのいい人間って感じがするのに私ときたら)を解消すべく、サッカー選手とそのサポーターが登場人物の小説を買って読んだんだが、まー遅々として読み進められず、泣きそうになった。

私のようなもののためにサッカーの基礎的なルールや、Jリーグの仕組みについて説明する部分が挟み込まれるのだが、これに興味がないので読み飛ばす。すると、それを前提に進むストーリーの内容が全く頭に入ってこない。それで気分が削がれ、数ページ読んでは本を閉じてしまう(自業自得)。なんとか読み終えたが、だらだらと時間をかけて読みすぎたせいで読んでいる端からそれまでの内容を忘れて行ってしまい、最終的には「…うーん(よくわからなかった)」という状態に。

サッカー攻略ならず。なんという敗北感。

同じようなことが数学とか化学とかの出てくる本(森博嗣の本とか)にも言えて、もうこれは「興味が持てない」というこの一言に尽きるのだが、時々そのことにどうしようもない劣等感を感じる。

スポーツにも、数学にも、化学にも、興味を持てればもっと人生は豊かになるに違いないのに…!

あ~、『フェルマーの最終定理』(新潮文庫)を読んで「自分は数学は苦手だけど、面白かった」と言いたい。言いたいよ~。(絶対読み通せないから買ってない)

 

A子さんの恋人 6巻 (ハルタコミックス)

A子さんの恋人 6巻 (ハルタコミックス)

  • 作者:近藤 聡乃
  • 発売日: 2020/03/14
  • メディア: コミック
 

2年に一回しか新作が出ないA子さんの恋人新刊…

発売日の前日に最寄り本屋で平積みされており、嬉しさのあまり動悸がした。

震える手で購入。

私は「表面上はクールでスマートだが、実はめちゃくちゃ虚勢を張っているしみったれた男性キャラ」が狂おしいほど好き、というか端的に言ってそういう男性キャラにめちゃくちゃ性的魅力を感じるので、断然・A君派だ!A君好きだ!凄くセクシーだ!(鼻息荒)

貸し借りしているものを無理にでも清算した時の、あの異常なスッキリ感なんなんだろう。たまに、「ああもうこの人とこの先交友関係を続けるかどうか怪しいので、貸し借りはすべて清算しておこう」と思い立ってやることがあるけど、毎度スッキリ効果高すぎて驚く。なんなんだろう。本当にすごいよな。

個人的にU子ちゃんがめっちゃ好き。かわいい。U子ちゃんだけのLINEスタンプ出してほしいくらい好きだ。

シンチェリータ行きたいなあ。コロナめ…

 

500年の営み (onBLUE comics)

500年の営み (onBLUE comics)

 

 『本屋さんで待ち合わせ』の文庫版書下ろしかな?でしをん氏が褒めちぎってたので購入。

思えば、BLを読むようになったのも、「BLに興味がない」自分に強い劣等感を感じ(「腐女子のオタクって普通のオタクより人生楽しそう(偏見)」と漠然と思っていた)、とりあえず自分が普段読んでいるNL漫画家(ヤマシタトモコ雲田はるこ等)がBLも書いているようだから、と言って買い始めたのがきっかけだった。

ということは、これは強行・興味拡張がうまく行ったケースか…

でもBLって結局少女漫画の文法で書かれているし、作者も共通だったりするし、別に元々少女漫画に親しんでいた自分にとっては何も無理してない感じがするな。

しかも、好きな作家が新刊を出したらチェックするくらいで、本屋に行くたびBLの棚をパトロールするほどハマってもないしな。敗北。(また)

で、これは、最初読んだ時は「いや……は?なんで好きになってんの?」と思ったんだが、読み終わって半日くらい経ってから感動が来た。

たぶん、この漫画は、Aさんを愛することと、Bさんを愛することの相違点が描かれているんだな、と思った。

基本的に恋人とかパートナーの枠に1人しか収まらないという社会的な前提の上で、Aさんをそこに置いて愛していた人が、Aさんと別れた後、Bさんを恋人(パートナー)にしたとする。

Aさんに対する愛情とBさんに対する愛情は、相手が違うんだからやっぱり異質なものになる(好きな所も違うし、相手に対する自分の振る舞いも違うはず)とは思うんだが、でも、世の中的には、そのたった一つのポストに向けられる愛情の重さや大きさは、同質たるべきだという思想もある気がする。

かといって、Aさんを愛したようにBさんを愛するというのは、それはBさんに対して不誠実なんじゃないか?というようなことを考えた。

 

意識のリボン

意識のリボン

  • 作者:綿矢 りさ
  • 発売日: 2017/12/05
  • メディア: 単行本
 

 この頃、三島の『戦後日記』をニヤニヤと読み進めていて、心がすっかり戦後に居たので、現代的なものにも触れておかねば…と思い、読みかけで2年とか放置されていたこれを本棚から引っ張り出してきた。

短編集だから、料理しながら読んだな。野菜が煮えるのを待つ間とかに。

地味にサイン本。名古屋で働いていた頃、「サイン本!」というのが平積みされていたことに「さすが名古屋…!?」と興奮して購入した。(都内の書店だと、著名な作家のサイン本はわりとすぐに売れてしまう) 

綿矢りさは、普通に好きだけどあんまり詳しくない。(たぶん4冊かそこらしか読んだことない)

なぜか分からないけど綿矢りさを読むと「あ~綿矢りさだ~」という感情に頭の8割5分ほどが持っていかれてしまい、それ以外のことがほとんど考えられなくなってしまう。文体が特徴的すぎるのか?癖があるとか嫌とか思ったことはない(むしろ好き)なのにな。 

私の中で綿矢氏は「これ何ていう私?」と思わされる系筆致(太宰治の「女生徒」でよく言われる徹底的な一人称筆致のような…)の代表格だから、自分を暴きたくないという防衛本能が働いて、読んでいても抽象的な思考に結び付かないんだろうか。なんなんでしょう。

これも身につまされるような箇所がいくつもあって良い本だったんだけど、最終的に残ったのは「あ~綿矢りさ氏の筆致~うんうん好き好き」としか表現できない感慨であった。敗北。(再再掲)

 

戦後日記 (中公文庫)

戦後日記 (中公文庫)

 

 もうすぐ映画(「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」)が公開になるなあ、と思って本棚から出してきて読んだ。

随分前に最寄り本屋で買ったはず。新潮文庫の『小説家の休暇』とだいぶ収録作品がかぶっているが…まあいい。(そっちはちょっと読んで放置してしまっている)

もうめちゃくちゃ面白い。最高の日記本です。

最高だと思ったのは2点あり

①小説家であり戯曲作家であり俳優であるということで論じることが可能になる、小説と演劇の比較論がめちゃくちゃ面白い。

舞台は空間から作者が定義できるので、その中で起きることに観客はそこまで強く必然性を求めない(それはそういう空間なのであると思って見ている)が、小説の方が読者に想像の自由を与えていて、ある部分読者が暮らす現実世界と接点を持った世界に物語が展開している(たとえば、「太郎はカフェで~」という描写を読んだ時、読者は自分の知っている”カフェ”のなかに"太郎"を配置して想像することしかできない)から、一つ一つの出来事に必然性を求められがち」という話などは目からうろこ。確かにそう。

②破天荒な生活、皮肉とユーモア

自決してなくても早死にしただろ絶対という感じの生活リズム。

作家・演劇仲間と飲んで25時すぎ帰宅がデフォ。筆がのれば徹夜しまくり。そんなんだから朝9時に起きるだけで「決死的早起き」とか言ってる。

そんなんだから、付き合いで観に行った演劇が退屈だと眠くなってしまい、勝手に抜け出して近くの映画館でドンパチアクション映画観て「面白かった」とか言ってる。勝手か。おもろい。

全体的に皮肉とユーモアが効いているのがいい。好きな文体。 

好きな作家は三島由紀夫と言うといつもギョッとされるが、べつに憂国思想で自決してるから好きとかじゃないんだよ~ただただ文体が好き…

よく、教科書だか推薦図書高で『潮騒』を読まされ、三島が無理になったという人がいるが、そういう人は『レター教室』とか読んでみて欲しい。

三島由紀夫レター教室 (ちくま文庫)

三島由紀夫レター教室 (ちくま文庫)

 

「おじさんLINE」の文法が50年前から確立していたことが分かるし、三島がそれをめちゃくちゃバカにしていてかなり痛快。 

 

九龍ジェネリックロマンス 1 (ヤングジャンプコミックス)
 

 まあまあ、悪いことは言わないから1話を試し読みしてほしい。

[第1話] 九龍ジェネリックロマンス - 眉月じゅん | となりのヤングジャンプ

巻頭カラーのあと、本文はじまって、見開きタイトルまでの7ページでもう、もう好き。ナニコレ?イケすぎちゃってない?大丈夫?もう本当に最高の漫画体験なんですが?もうこんなんドラマも映画も小説も勝てないんですが?

通勤電車でこの見開きにあたって、息をのんだ後、「あ~~~~~」って小さめの声で言ったからね。もうそのころはコロナですきはじめた電車だったよね。でももう周りに聞こえてようが構わないよ、そのくらい我慢できないくらい最高だったんだから…

恋は雨上がりのように」読んだ時、「人を好きになることの鮮やかさを描いているのに、なぜか全編を通じて失恋のことばかり鈍く思い出させてくる漫画だな」と思ったんだが、この漫画も、本編は恋に落ちるみずみずしい瞬間の連続なのに、不思議と全体のトーンが不穏。

なんなんだろう、こんなにみずみずしくて鮮やかできゅんとするシーンばっかり書いてるのに~~すご~~もう最高の漫画じゃん(語彙が死んだ)

 

酒と恋には酔って然るべき  4 (4) (A.L.C.DX)

酒と恋には酔って然るべき 4 (4) (A.L.C.DX)

  • 作者:はるこ
  • 発売日: 2020/03/16
  • メディア: コミック
 

3巻そんなにだったから買うか迷ったけど買ってよかった。

わたしも安直に今泉が好き。安直に。悔しいけど。

Say「そういうところだよ今泉」!!!!そのためだけの漫画。そういう連帯でつながっていこう。うん。

 

マイ・ブロークン・マリコ (BRIDGE COMICS)

マイ・ブロークン・マリコ (BRIDGE COMICS)

  • 作者:平庫 ワカ
  • 発売日: 2020/01/08
  • メディア: コミック
 

著者の処女作で、出版されてから数か月経つのに発売以来ずっといろいろな本屋で平積みされており、全国の書店員が圧倒的に支持しているっぽいことを感じさせられてはいたのだが、あらすじを見て「ふーん、いい感じの短編集に入ってる短編っぽい感じだな、まる1冊かけて書くことか?」とか思いずっとスルーしていた。

しかしRebuildfmとバイリンガルニュースで2度に渡ってhakさんがおすすめしていたこと、あと、熊本で立ち寄った人生最高の書店(長崎次郎書店)でも面陳されていたことからついに購入。

…殴りたいよ。ええ。今まで書店で何度となくこれをスルーしていた自分を。

買えよ!たかが700円だろ!買え!都内のラーメン1杯にも満たない金額だぞ!

ない頭で躊躇してないで買えバカ!(cv.天堂先生from恋つづ)

私の中で、「どこにでもある漫画」と「そうでない漫画」を分ける基準の一つに「シリアスとユーモアのバランス感覚に優れていること」というのがあるんだが、これはまさにそのバランス感覚が素晴らしい。

人生において重大な局面、切実なこと、どうしようもなくやるせない気持ちというのは、それが当事者にとって差し迫っていればいるほど、客観視した時のばかばかしさとか滑稽さと切り離せないと思う。

だから辛くて悲しいお話をただただ「辛いよ~悲しいよ~」って主人公が吐露しているだけの作品はどうも自己陶酔的というか、いまいち立体感と言うか、雰囲気のないものになってしまうんじゃなかろうか。

主人公の友達が親の虐待を苦にして死んじゃったから、親のとこから遺骨を奪って後先考えず旅に出ちゃうなんてめちゃくちゃなわけで、それを主人公目線の感傷とか感情のアップダウンに読者を引き込みつつ、ちゃんと主人公を「めちゃくちゃなことやってる完全ヤバい奴」として揶揄する視点も残しているのが見事な点…なんだと思う…

評判に違わずめっちゃ良い漫画だった。読むべし。

 

蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)

蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)

  • 作者:恩田 陸
  • 発売日: 2019/04/10
  • メディア: 文庫
 
蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫)

蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫)

 

映画を観て、トラウマレベルに胸が震えたので原作も購入。

もう映画のレビューに書いたことがほんとにすべてなんだが、少なくとも、楽器(たぶん特にクラシック)を習ったことある人は全員映画観て。私は4歳~ヴァイオリンを習ってたので、刺さりすぎて死にそうになりました。

人前で演奏する時の、舞台裏の刺さるような静けさ、恐ろしく冷えた指先を手袋で温める時の気持ち、袖で感じる客席の気配、舞台に立った時の目が潰れそうな照明の眩しさ、力の抜けた身体でするお辞儀、そういうのを知っている人は、全員観てください。

↑観た直後にヤバい熱量で書いた

小説は、映画の衝撃の後に読むとかなり親切設計で、普通に読みやすくて面白いな。という感じで終始読み通してしまったが、この長さでそう思わせてくること自体異常なことなんだろう。

実は私、恩田陸の小説を人生で読み通せたことが一度もなくて(たぶん人生で3,4回トライしたが、なぜかいつも途中でくじけてしまう)、この本で初めて恩田陸の作品を読破した。感動。 

「コンクールの成績良いやつだいたい勉強もできる(音楽教室で出来が良かった子、不思議なくらいみんな有名私立中に進学した。門下で一番上手かった人、しれっと東大入った)」とかクラシックあるあるにガクガク頷いたりしているうちに読み終えてしまった気がする。本筋じゃないのに…。音楽を1ミリも知らない自分になって読みたい。

天才は、ピアノという箱から取り出すべき音楽が分かっている。だからそこに座って、ただ音楽を取り出してあげるだけ。というような描写があるが、めちゃくちゃわかる。上手い人が演奏する姿を見ていると、なんかその動作ひとつひとつに全然恣意性を感じない。こうしたいからこうしました、みたいな意思と離れたところで楽器に触れているように見える。何なんだあれ。

私なんてめちゃくちゃ眉を上げ下げしながら弾いちゃうよ。まじでヘタクソのやることだわ。恥ずかしいぜ

ちなみに映画を観てから安直にプロコフィエフのピアノ協奏曲3番にハマりましたけど、いくつか聞き比べた中ではポリーニが一番好きだった。

このとき25歳。ヤバ。クラシックオタクの父に共有したら、「痛快ですね」とのコメントが返ってきたが、本当にそれ。プロコフィエフがこんなに明瞭で気持ちいいことある?普通もっと(悪い意味で)意味ありげに弾いちゃうでしょ。はあ。好き。


 

ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい

ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい

  • 作者:大前粟生
  • 発売日: 2020/03/11
  • メディア: 単行本
 

人生最良の書店・長崎次郎書店でドドンと面陳されていたので買った。

大前粟生氏は界隈で異様に評価の高い文学ムック「たべるのがおそい」にも書いていたようで、しかも河出だし、これは絶対に良いやつじゃん!と思って買ったら最近島本理生が書評を新聞に書いたり、Amazonで売れ筋商品に上がったりしてきていてすご。長崎次郎書店すご。 

う、うおお~、これは確かに、「あ、こういう小説あるよね、これ系ね」じゃないやつ!!!(=とても良い、好き) 

たぶん、この本には、フェミニズム小説というラベルを(他に貼ることのできるいくつものラベルとともに)貼ることができると思う。たぶん、フェミニズムが世間的に少しずつ注目されるようになったのに伴って、最近のエンタメ界隈でも自然と取り上げる人が増えている。

読むとやや気疲れするので好んで読んでいるわけではないのだが、流通量が増えた分自然と触れることが多くなったフェミニズム小説なのだが、そこで描かれる構造として「傷ついている女性&女性を傷つける男性=立ち上がれ女性」はたぶんもう古くて、ほぼ見かけない。

で、「傷ついている女性&女性を傷つける、実は傷ついている男性=みんな辛い」まで行っているやつに最近はよく出会うが、この本みたいに「傷ついている女性&女性を傷つける、実は傷ついている男性←を見て傷つく男性=張本人も辛ければ、その構図から抜けたメタ的視点に立っても辛い」まで視座を上げて書いている話(説明が下手)は初めて読んだ。あ、新しい…。

それを静かに飄々としたトーンで書いているのがすごく良い…

たぶんずっとこのテーマで行くわけもないだろうから、次作が楽しみ…

私は同時収録の「たのしいことに水と気づく」が一番好きだった。

様々な出来事があり、感情の起伏があり、その上で「どうしようもなく日常」という印象に落ち着くお話がめちゃくちゃ好きなので…。

 

明日また電話するよ

明日また電話するよ

  • 作者:山本 直樹
  • 発売日: 2008/07/17
  • メディア: コミック
 

自選短編集。漫画。

とにかくタイトルが本当に好きで、初めて書店で見かけた時(たぶん1年以上前)から4日にいっぺんは頭の中をリフレインする レベルだったんだが、1200円って高くね?と思い買えていなかった。だってAmazonレビューも少ないし。

が、最寄り本屋にあるのを見つけてしまいついに意を決して購入。帯文西加奈子だし。(西加奈子読んだことないけど)

ん~~~~~エロいやつだったか~~~~~~~~~~!

短編集なんですけど、私の記憶が正しければ全編致していますね。(急にです・ます調)

最初の数編はあまりの毎回致しっぷりに面食らったが、途中から濡れ場に目が慣れてきて3分の1を過ぎたあたりから話の本筋にちゃんと集中できるようになった。

AVのモザイク加工をする仕事の人が感覚麻痺して何も感じなくなる過程ってこういう感じだろうか。たぶん違う。そこまでの境地ではない。

で、途中から読めるようになった話の本筋の方は、とっても良かった。

ひとつひとつがかなり短い話で、台詞ひとつひとつも文字面だけだと全然なんにも説明しないし、意味深でもないし、本当に平易な言葉の単純な会話で、なのに構図とか、表情とか、間の描き方とかで全体として心に残るような話になっている。凄い。

こういう漫画描きたいと思って、みんな描けないんだろうな…と思ったりした。

「お、意味ありげな台詞(/画)」と思うってことは物語に没入できていないってことだから、それがない漫画って凄い。たぶん。

あと、いちいちタイトルがめちゃくちゃいい。(下記)

---

みはり塔
ぽつん
泳ぐ
コールド
渚にて
アナログ温泉
テレビばかり見てると馬鹿になる
肉彦くんとせんせい
Cl2
呼ぶ声
明日また電話するよ

---

自選集だから作品ごとに著者の解説がついているのもいい。

これ、20年前~10年前くらいに描かれたものを集めているらしいというのも驚き。全然古びてない。たしかにスマホとかは出てこないけど。

これを読むと、最近の色んな作品、これの焼き直し説出てくる。ネット上で似たようなやつ結構見たことある。

漫画もそうだし、短編映画とかでもこういうことやろうとしているやつ結構ある気がする…。それならこれを読んでおけばいいな…と思ったり。

 

 

9300字~~~!目が限界。

引きこもり中の暇つぶしになれば幸いです!!!!!

興味あるものあれば読んでください!!!そして語ろう!!!!!!!!!!!

 

2月の読書月記

この間友達と話してる時に、読んだ時の感想が残ってるとやっぱり便利だなーと思ったので、またもすぐ飽きる気がするが、読んだ本についてなんで読んだかとか、どう思ったかとかちゃんと書き留めておこうと思ったので始めます。あんまり冊数も多くないし。

 

 

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

 

いちばんここに似合う人ミランダ・ジュライ

 

去年の秋ごろに、(主因は岸本佐知子氏をフォローしているからだが)あまりにも私のTLに頻出する『掃除婦のための手引書』を読んで、あまりに読み進むのが遅くて、これはたぶん海外文学の文体に慣れていないせいだなと思い、多少無理をしてでも翻訳ものを読んだ方がいいなと痛感した。

それで、買ってあったけど読んでなかった翻訳ものにちょこちょこ手を付け始め、遥か昔に友人(大学の同期のはずなのにいつ会っても学生。5年かけて大学を卒業したあと別の大学に編入して、この春そっちを卒業した。春から大学院生)が、大学生協でたまにやってる「おすすめ書籍紹介カードをX枚書くとどうたら」キャンペーンで紹介文を書いたという『トーニオ・クレーガー』を読んで、

次にもはやいつ買ったかも思い出せないが、本屋で見かけると未だに昔のあのわくわく感が忘れられずつい買ってしまうヤングアダルト向け作家アレックス・シアラー『ガラスの封筒と海と』を読んだ。

 

それで、児童文学読んでる場合か、と思い、去年『あなたを選んでくれるもの』を読んで、ミランダ・ジュライ超いい、と思って、そのまま速攻で『最初の悪い男』と一緒に買って置いてあったやつを手に取った。

 

心に残る小説って、たいてい読み手を傷つけてくる。

これもめちゃくちゃそう。おぼろげな記憶だが、ほぼ全編こっちを傷つけてきた気がする。しかも鋭利な刃物でスッパリ、みたいな感じじゃなくて、雑に切った爪でぎぎぎとやられて、汚い指でそこをぐちゃぐちゃ撫でられる感じ。

『掃除婦のための~』もそうだったけど、まだたまに夢見心地(まあそれも笑気麻酔的な狂気の雰囲気はあったが)の話が挟まるから息つく間もあった。

 

これは違う、めちゃくちゃ傷つけてくる。全編つらい。

人が死ぬとかそういうことじゃなくて、登場人物の救われなさとかみじめさとか痛々しさに胸痛めた瞬間、そいつがこっち向いて「それに気付いたってことはお前もそうだから」って言ってくる感じ。

日常生活でいちいちそういうこと気にしてたら苦しくてまっとうな生活送れなくなるから、みたいなあれこれを突き付けられる。(これは名作あるあるだと思ってる…)

 

いわゆる「イヤミス」とかと違って、書き手の目線が素直なのも救いがない。

淡々としてて、逆にポジティブな解釈の余地とか与えてこない感じ。

つらい。のでこの本が大好きとは言えない。

確かキノべス取ってた気がする。本読みってM多いよな・・と思った。

 

美容院で髪を染めながら読んでたが、まあまあ濡れ場が多いので割と気まずかった。

イケメンのアシスタントにトリートメントされている間、致しているページにはできるだけ素早く目を通すことを心掛けました。

 

 

かしましめし 3 (フィールコミックス)

かしましめし 3 (フィールコミックス)

 

『かしましめし 3』おかざき真理

 

たしか千早茜島本理生Twitterで新刊読んだぞ~みたいな会話をしてて、ああ出たんだと思って買った。

おかざき真理は美麗な絵柄で結構ひどいこと(残酷なこと)を書くと思っているので読むとげんなりするんだよなあ…(もちろんすごい人だと思っているのだけど)と思いつつ、出てくるレシピが参考になりすぎるので購入。

1巻か2巻のバターチキンカレー、あと包まない餃子のレシピが有用すぎた。

とくに英治のエピソードがいつも本当につらくて。。。読み終わるとまあまあ病む。

『サプリ』を読んだ時も思ったけど、おかざき氏の書く人の狡さとか合理性とか、業の深さみたいなものにいつも背筋が冷える。

『サプリ』の名言みたいなのが1年に1回くらいTLに流れてくるが、えっほんとうにこれ救いになってる?みんなそういうのを受け入れた上で生きられてるの?大人だなあ…と思ってしまう。

あそこに書いてあることを全部飲み込んで生きられたら、人間として3段階くらいレベルが上がる気がする。

私にとっておかざき氏はもう仙人の領域と言うか…あのレベルの人間の愛憎模様を俯瞰で描けるってどういう人生経験!?と思う。ビビる。広告代理店の闇なの?子育てがそうさせるの?恐ろしい…

とかいいつつ怖いもの見たさで読んでしまう。。『&』はリアリティがさらにすごそうすぎて読めてない。

 

3巻は英治のつくるレタスの炒め物がおいしそうだった。作りたい。けど食べてくれる人がいない。

 

 

『さんかく窓の外側は夜 8』ヤマシタトモコ

 

新刊きたー。英莉可たんが味方になってから、いや、それまでも面白かったけど、占いのあんちゃんもまじえて最強異能者集団的なアベンジャーズ的な感じで、がぜん面白い。(アベンジャーズ観たことないです)

ヤマシタ氏…ついに宗教の話に手突っ込んだか…という風に生唾ゴクリで読んでたんですが、この、トンデモ設定の根底に、イニシエより伝わる「名前」と「呪い」の概念を入れ込んでくる感じ。さすがすぎる。天才なの?天才です。諸君、帽子を脱ぎたまえ。天才だ。(©シューマン

 

実写化するということですけど、全国ロードショーにするにしてはテーマがシビアすぎ&理解するために受け手にある程度の教養を求めてくるから、やっぱり主題は変えてくる感じになるのかしら…イケメン二人とおしゃれな音楽(ていうかEDM的な)・イケてる映像・スタイリッシュなアクションみたいな感じにならないことを祈る

これは『窮鼠はチーズの夢を見る』についても同じこと思ってますけど…行定監督さいきん追ってないけどどうなんだろう…

あと『さんかく窓~は』CG必須だと思うけど大丈夫かな…(日本映画のCGに対する漠然とした不安感)

 

 

自転車屋さんの高橋くん 1 (torch comics)

自転車屋さんの高橋くん 1 (torch comics)

 

自転車屋さんの高橋くん 1』

 

たまにTLに流れてくるのを拾い読みしてて、絵柄かわいいなーと思ってて、『塩田先生と雨井ちゃん』系列か?じゃあ好きかも、あ、単行本にまとまったんだと思って購入。

 

めっっっっちゃいい。まず、『塩田先生と雨井ちゃん』が好きな人は全員買ってください。何が同じって言われるとたぶん「行間の具合」とかそういうことなんですけど、とにかくいい。

やっぱりやんちゃなアウトローに突然愛されるっていうシチュエーションには抗いがたい魅力があるんですよ。『溺れるナイフ』とか。「となりの怪物くん」とか。いや全部菅田将暉やんけ。菅田将暉に愛されたいわけではない。いや、菅田将暉に愛されたいけど。愛してくれるって言うんなら。

 

個人的にはパン子と高橋君が汚い中華屋でごはんを食べるシーンが好き。

私は、高級フレンチもファミレスのドリンクバーも一緒に楽しめる人のことを好きな人(広義)だと思ってるので、主人公が気取らない場所で好きな人と楽しそうに腹を満たす姿を見るとにこにこしてしまう。。

 

石原さとみが着こなすCELFORDと、千葉雄大の黒髪ツーブロを見るためだけに観ていたドラマ「高嶺の花」でも、小汚い自転車屋がヒーローだったはずなんだけど、何をどうしてこんなに違うんだ。あのドラマの結末については言いたいことが7,8個くらいあるが、なんだかんだ毎週リアルタイムで見ていたので、一週間の生活リズムを作るのに役立ってました、とりあえずお礼だけ、ありがとうございました。

 

 

『一日三食絶対食べたい 3』久野田ショウ

 

2巻であんまり滾らなかったので買うか迷っていたが、最終巻と知って今さら購入。ぼやぼやしてたら最寄り本屋の在庫はなくなっていたよ。たぶん1,2冊しか入荷してないんだな。

こういう絵柄ね~。という絵柄。台詞少なめのSFによくある!たぶん市川春子とかそういう…

でもなんだかんだアフタヌーンが私を裏切ることはあるまい、と思って買って、読んで、買ってよかったわ。

 

私は目が死んでて頭が切れる寡黙なキャラというのが分かりやすく好きなので、スギタさんが相変わらずめっちゃ刺さる。刺さるのなんの。

 

特に大きなドラマもなく、どうやって終わらすんだと思ってたけど、結末に向けての展開がほんとうにちょうどよく適度にほどよく盛り上がって幕引きしたので良かった。大げさに盛り上げられたら興ざめだから。

 

一日三食きっちりとるとして、極論いつ終わるかも分からないこの人生で、誰と何を食べるかっておざなりにされがちだし、まあかといって死ぬときに「あの時あんなどうでもいい食事を…」とか後悔することもたぶんないんだろうが、やっぱり食事の時間をひとりだったり誰かとだったり積み重ねて一生は成り立ってるんだろうと思うし、

やっぱりリッカさんと離れてからのユキくんの食卓のことを想像すると胸がきゅっとなるわけですよ。斬新な話ではないんだろうけど、読んでよかったと思えるいい話だった…。アフタヌーンは私を裏切らない。(結論そこ)

 

 

春と盆暗 (アフタヌーンKC)

春と盆暗 (アフタヌーンKC)

  • 作者:熊倉 献
  • 発売日: 2017/01/23
  • メディア: コミック
 

 『春と盆暗』熊倉献

 

サブカルインテリ男友達の一人がこの漫画のワンシーンをLINEのアイコンにするほど愛していて、薦めてもらったのは結構前だったんだけど、『自転車屋さんの~』からの『一日三食~』からの流れで漫画漫画漫画という気分になり、ネットで取り寄せようとしたら絶版。(早いわ)

青い顔をしてダメもとで最寄り本屋の在庫を調べたら「在庫あり」うおおおお!最高の本屋だ!!!!急いで買いに走る。全然見つからなくて店員さんに探してもらう。

 

ああ…アフタヌーンは。アフタヌーンはなんでしたっけ?そう。私を裏切らない。アフタヌーンは私を裏切らないのよ。めちゃいい漫画でした。でもバカ売れするマンガじゃないのはわかる。キャッチ―じゃないもん。でもこういう漫画が好きな人って絶対いる。

 

こういうサブカルな雰囲気の、すっきりした絵柄の短編集ってある1ジャンルとして確立されてるなーと思ってて、本屋でもよく見かけるし、一時期好んでいろいろ試した時期もあったのだが、どうにも当たりはずれが激しくて買うのをやめていたんだけど、これはめちゃくちゃ良かった。

 

なんか、こういうのの「はずれ」のパターンって、きれいな絵柄でちょっと惨めのことをしたりとか、出てくる人が次々にシュールな言動してただただ謎とか、唐突にバッドエンドとかそういうやつだと私は勝手に思ってて、でもこれはひどいこととか刺すようなこと、読み手を突き放すようなことをしないでちゃんと優しいしちゃんと前向きだからすごい。

基本的に優しくて前向きなことで読ませる方が(すっきりした絵柄ならなおさら)難しいと思っているので、それを逃げずにやり遂げる作者の姿勢がまず乾杯すぎる。。。

 

会社の行き帰りでこの漫画を読み終えて興奮していたところで、その日はちょうど別のサブカル超インテリ男友達に会う約束をしていたので、「この漫画がよかったよ~」といって見せたら、普通にレストランで収録されている短編をまる1つ熟読し始めてびびる。2,3ページめくる感じじゃないんかい。まあまあの尺で沈黙。

「大衆受けするマンガじゃないと思うんだけど、私は好きなんだよ」と言うと、「そりゃそうだ。だってこれ、行間の長い漫画じゃん」との感想。なるほど。たしかに。

元々薦めてくれたサブカルインテリ男友達にそれを伝えると、「その感想が出てくるなんてすごい」と感銘を受けていた。何より。

 

ファーストラヴ (文春文庫)

ファーストラヴ (文春文庫)

 

『ファーストラヴ』島本理生

 

臨床心理士の主人公が、父を殺した女子大生の動機を探っているうちに、自分の過去の記憶まで引きずり出され、、、という。サスペンス?だと思うたぶんジャンルは。

島本理生の本は7割程度読んだと思う。かなり好き。

けど私は初期みたいなぼや~とした(内容ではなくて全体に漂う幻想的で不穏な雰囲気の話だ)恋愛小説が好きだから、直木賞をついに取ったときはガッツポーズをしたものだが、文庫化したら読もうと思っていて、文庫が発売になってすぐ読んだ。 

 

普通に面白かった。何が暴力でどこまで受け入れることができて正当化されるべきかというような話は、島本氏の作品では何度か見たことがありますが、いままでで一番真正面からそれを問うている気がします。

わたしたちは銀のフォークと薬を手にして

わたしたちは銀のフォークと薬を手にして

  • 作者:島本 理生
  • 発売日: 2017/06/08
  • メディア: 単行本
 

島本氏の小説っていつからこんなに食べ物の描写が丁寧に入るようになったんだっけ。『私たちは銀のフォークと~』(最近の島本氏の小説だと一番好き、なんか傷つかない恋愛小説を読みたい気分の人はこれを読んでください)のときは、それはそういう小説だからこんだけ食べ物の話が出てくるんだろうと思ってたが…まあいい。

 

島本氏自身がいろいろ飲み食いするの好きな人っぽいから、食べ物の描写がめちゃめちゃ魅力的。全体の緊迫感をゆるめる役割なのかしらん。

 

なんかでも、なんというか投げかけた問とか複線のようなものが、最後のページまでできっちり全部回収され、暫定的な答えを出されとなっていて、物語が一応の大団円を迎えたことにちょっとしょんぼりしてしまった。かつてなく、読み手に親切設計という感じが…

芥川賞の方向性はやめて、直木賞をとるってそういうことなのかしらん。。まあ邪推ですね。

今まで好んで島本作品を読んできた人に読んでもらって感想を聞きたい。

 

気まぐれセクシー迦葉くんのキャラ造形は島本氏の描く魅力的な男の真骨頂でした相変わらず最高。ドラマの平岡祐太もめっちゃよかった……エロ……。

 

 

ミステリと言う勿れ (6) (フラワーコミックスアルファ)

ミステリと言う勿れ (6) (フラワーコミックスアルファ)

  • 作者:田村 由美
  • 発売日: 2020/02/10
  • メディア: コミック
 

『ミステリと言う勿れ 6』田村由美

 

気付けば6巻!これは実家の母が買う担当なので、帰省したタイミングで読んだ。

TLでこれ読んでる作家みんな褒めてるよ!わかる!最高だもん!

ぜったいそのうち実写化されると思うんだよな。

整くんは間宮正太郎、ガロくんが城田優だな。(ルックスだけの話をしています)

整くんがときどき語る謎のリベラル演説はなんなんだろう…言い分は真っ当なんだけど突然感あるで…これ見て興奮する女性読者がおるんかと思っていたら、5巻かな?で出てきた子育て舐めるな的言説が、案の定そこだけ切り取って子育てアカウントかなんかでツイートされており、TLでウン万リツイートされておりちょっと笑ってしまった。そういう話じゃないです。

というか、普通に最高に面白いミステリ漫画だと思ってたら急にそういう社会派発言で背後からグッサリ刺してくるというのがたぶん楽しい漫画なので、そっちを切り取らないでくれ~~

 

それにしても引き延ばされ続けている謎の内容を忘れてきたから1巻から読み返さねば。。ミステリー系はこれだから。。。(『応天の門』しかり。こっちはもう二桁巻に乗ったので半ばあきらめつつある)

 

ぱくりぱくられし

ぱくりぱくられし

  • 作者:木皿 泉
  • 発売日: 2019/08/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

『ぱくりぱくられし』木皿泉

 

恋つづで数年に1度の佐藤健ブーム再燃

→私の中の最強佐藤健Q10」(木皿泉脚本)を思い出す

→SWITCHインタビューで木皿泉佐藤健が対談した時の文字起こしブログを読む(熱烈な佐藤ファンの方ありがとう)

→ウッ、佐藤氏、めちゃくちゃ役者業について語っている…(普段寡黙な武闘派・岡田准一ばかり追いかけているので饒舌に名シーンの裏側を語っている俳優を見ると戸惑ってしまう)

→ていうか木皿氏いいなあ、ドラマを見返す時間はないのでひさしぶりに何か読みたい。エッセイ(木皿食堂シリーズ)(たぶん妻の方が一人で書いてるのかな、?)はいまいちかもと母が言っていたが、最新のやつは対談形式かーならいいかな

→購入。

 

在庫を見つけた時嬉しくて勢いよく本棚から引き出したら背表紙の上んとこがちょっと裂けた。あるある…(涙)

 

めちゃくちゃ良かった。真っ当で優しい話を書く人たちだけど、冷静で捻くれた視座に立ってるからそれが寒くないんだと分かる。

あと、読書案内としてめちゃくちゃ秀逸。読みたい本が超増える。近代文学、古典、最新の漫画etc.

松田青子の『スタッキング可能』とか『読めよ、さらば憂いなし』が出てきて、『読めよ~』で木皿泉の話をしてたらしいんだが、思い出せなかったから実家に買ってあったのを母に送ってもらおうとして連絡したら「え?ないよ。こないだ売っちゃったんじゃない?」と言われた。とほほ…買いなおしか…。

 

 

キッチン (新潮文庫)

キッチン (新潮文庫)

 

『キッチン』吉本ばなな

 

相変わらず恋つづを観ていて、

佐藤氏ふんするどSドクターは8年前に恋人(蓮佛美沙子氏)を病気で亡くしているという設定なのだが、

最初の方こそ瀕死の恋人の前でくよくよする佐藤氏の回想シーンを時たま挟み込んでトラウマちらつかせていたものの、途中で主人公(上白石姉)とキッスしたりよろしくやってるうちにだんだんトラウマも克服されてきたっぽく、挙句の果てには先述の死んだ恋人には双子の妹がいましたジャジャーンてな感じで蓮佛氏が登場し、なぜか佐藤氏に突然告白し、もちろん当て馬に過ぎないので佐藤氏は秒速でお断りし…

とかなんとかしてるうちに死んだ恋人の話は全然出てこなくなってしまった。

え、いつのまにトラウマ克服した?というかもともとそんなに気にしてなかった感じ?上白石氏の無邪気さに魅了されているうちに大丈夫になった感じ?それともミッキー的な感じで妹蓮佛氏が出ている間は姉蓮佛氏(死んだ方)が出てきちゃダメとか?いやそれはないか、あそう、あそう…まじか…

 

元カノが死んだから、もう新しい彼女は作れませんとか、ことあるごとにトラウマに苛まれますとか、そういうのはまあたしかに現実に照らしたら嘘くさいと思うけど、かといって最初に「近しい人を亡くした」っていうモチーフを物語に盛り込んだなら、そのモチーフがいつしか登場しなくなるまでの過程をもっと丁寧に描写してくれや!!!!たとえばそう!!!!往年の名作『キッチン』のように!!!!!!!!

 

と思って、実家にあるのに辛抱たまらず近所で2冊目購入。会社の行きと昼休みで読破。最高。

初めて読んだ時は、みかげにとっての雄一みたいな人が自分にも現れてほしいと思ってうっとりしたものだが、改めて読むとそれは別に、もちろん素晴らしいことではあるけれども、全然幸せなことじゃないんだろうなと思う。喪失をきっかけに結び付くなんて、やっぱり平凡じゃなくて異常だし、こんなことがじっさい自分の身に起きたら全身引き裂かれるようにつらかろう。もちろん雄一みたいなグッドルッキングガイが現れる可能性なんて全然低いわけですし、、

でもやっぱり、「キッチン2」でみかげと雄一が初めて喫茶店でお茶をするシーンは胸キュンどころの騒ぎじゃなく興奮する。好き。

 

「ムーンライトシャドウ」の柊くんも良かったなあ。これも、絶対病んでるけど。リアルで想像したら壮絶すぎ。

 

よしもとばなな、『キッチン』をきっかけにいくつか読んだけど、この「リアルで想像したら壮絶すぎ」ということを一度意識してしまうとかなりこれも傷つく読書体験になるので、するすると読めてしまうけど気づくとげっそりしてた、みたいになる。

劇薬。

 

***

まじか、7600字も書いてしまった。

来月もできるといいな。。

9月14日

9月14日

 

月に1度の皮膚科の日。

今月も意味あるようでない、少しある(と信じている。しかし同時にいろいろと試しているためどれが効いているのかわからない)1,6000円の施術を受けに行く。

ここの皮膚科は、いつも前日に電話で予約の確認電話がかかってきて、それを取り逃すと予約が取り消しになるという圧倒的上から目線システムなのだが、昨日は電話がこなかった。

ということは、実は私が予約したのは14日じゃなくて15日だったかもしれない…ていうかそうだったらいいな…眠いし…とりあえず朝電話を入れてみて、もしも14日が正しかったとしても電話をくれなかった方が悪いんだから、その場で予約を別の日にしてもらおう…と思いながら起きて電話したところ、

 

「いや、昨日はそちらから電話いただいたのでそれで予約確認としましたけど」

 

と言われた。もちろん身に覚えがないので

 

「えっ?電話…してないです」

 

「え?」

 

「電話してないです」

 

「はあ」

 

沈黙。いやいやいや!わたしの発信履歴をごらんよ!あなたの着信履歴をごらんよ!と思ったが、でもまあ履歴なんて簡単に消せるしな…いやいや、でもハナからそういう性悪説になるのはおかしいと思いながら、これ以上言う言葉も見つからず

 

「電話がなかったので、今日の予約はなかったもんだと思っていて、支度が出来ていないので予定通り11時に伺うのは難しいのですが」

 

と伝えたところ、「…何時なら来られますか?」と言われ、「明日にしたいです」と伝えたら、また沈黙が下りる。

 

「…空いていないのですかね」

 

「そう、、、ですね(困惑声)」

 

いやいや!私のほうがより困惑しているはずだ!!

そちとら一応サービス業だろう!……(葛藤)……いやまあ仕方ないか。

(葛藤の内容:一応サービス業だろう!いや、美容皮膚科はサービス業なのか?皮膚科すなわち病院だと考えるならば、病院勤務者はサービス業ではないかもしれない、いやでも、BtoCの商いをするものとしてどうなのよ、顧客体験という観点で、ていうか人としてどうなんだ、どちらのミスなのか考えてみよう!いやでもまあ、ミスはだれにでもあることだし、なさけは人のためならずとはよく言ったものだ。)

 

「…30分だけ遅らせていただけますか」

 

「わかりました。大丈夫ですよ。」

 

”やれやれ”的な空気を電話の向こう(美容皮膚科受付のお姉さま方が並んで控えているあの受付のゾーン)から感じ取ったが、それはこっち(荒れ果てた部屋でごみのような私が横たわっているベッドの上)の空気(セリフではなく)だよ…

 

皮膚科の時間をずらすということは、そのあとの美容院の時間をずらすということに他ならない。もっと早く電話すればよかった。

電話をかけわすれたというくらいのミスでは、美容皮膚科は予約日を変えさせてくれない。「ちょっと行くの面倒くさいな」と思う私の甘えを見透かされたのかもしれない。

 

のろのろと起きだして30分遅刻して向かった。

 

そのあとは初めて行く赤坂の美容院でまんまと乗せられて最高級トリートメントをしてもらい、カット・カラーとあわせて2万近く払ってしまう。

担当してくれた美容師さんはめちゃくちゃ素敵な人だったが、つけまつげの糊が白く見えているのが気になった。

 

好きな男性芸能人の話になり、「V6の岡田君が一番好きです」と伝えたところ、「めちゃくちゃ王道ジャニーズ顔じゃないですか!」と言われる。

「王道ジャニーズ顔」は、佐藤勝利だろう!もっと前の世代でいうと、堂本光一だろう!とかなり強く思ったが、これは個人的な考えであり、何が王道かなんて別にだれが決めたわけでもないので何も言えなかった。

 

新宿で洋服を買ってから、中野の飲み会に向かった。

 

飲み屋の店員さんが、間違えて私にグラスの水(四人前)をひっくり返し、右半身がしっとりとした。謝罪の言葉と大量のおしぼりをいただいたが、ワインとか色・味のある飲み物だったらクリーニング代云々の話になっていたんだろうか…そしてそれをもらえなかったりして悶々としていたかもしれないので、本当に水でよかったなと思った。

 

4人のうち、子供のいる人だけ先に帰り、残った人たちが我が家になだれこんだ。

 

いま私の身の回りでは、子供がいる人は圧倒的にマイノリティだ。

飲み会のお開き時間は単身者に合わせて設定されるし、子供がいる人が会の途中で帰ることになるけれど、5年経ったらどうだろうと思う。その時までに子供がいなかったら、むしろ私のほうが、早め解散となった飲み会の後、ぽつんと取り残される側になるのかもしれない。

 

マジョリティに迎合したいと思うことはあまりないが、自分がもし子供を持つなら、友達と全員で同じ時期に生みたいと思った。それはそれで、話のネタが子供のことばかりになってつまらなそうだが…渦中にいればつまらないと感じることもないだろうか。

 

早く子供は試験管とか、なんかSFによく出て来る、ゴポポ…シュンシュンみたいな装置で育てられるようになってほしい。

そしてそのあとは、漫画『だぁ!だぁ!だぁ!』に出て来るペットシッターロボット・ワンニャー(かわいい・世話焼き・愉快)と一緒に子育てしたい。

 

つくづく、自分に子供を育てられる気がしない。ワンニャーがいないと無理だと思う。家族だけでは不十分だろう。家族との役割分担で揉めていない人を見たことがない。

 

私はたぶん冷たい人間で、「母性」とか「愛情」の存在に懐疑的なので、乳幼児を育てることに関する、聞き知る限りの困難が、「子どもかわいい」だけですべて帳消しになるとはやはりまだ信じられない。

 

それでもなんとなく、子どもは持つべきなんじゃないかと思うし(理由はないが漠然とそう思う。それってどうなんだ)、将来的には持ったら持ったで面白いことも多いだろうと思う(謎の上から目線)。

そして、持ちたいと思ったところで持てるものではないというのもわかる…

 

自分の親と、周りの親たちに畏敬の念が止まらない。

中高の頃きらきらひかるが好きすぎて子供の名前紺にしたいと思ってた

江國香織童話集』がめちゃくちゃ良い。久しぶりに「これは私の物語なんじゃないか!?」(良い小説を読んだ時あるある)と思った。

きらきらひかるについて最近改めて考えた時にも思ったが、みんな、他者の存在によってのみ孤独を感じるのに、孤独を癒せるのも他者の存在だけだから、他者を求めてしまう、その悲しさと滑稽のようなものを江國香織は俯瞰、というか受け入れて達観しているなあと感じる

(主に恋愛関係を通じて)誰か自分のことを完全に支配してくれ、それであればいっそ自分の存在は支配者の所有物になるから理論上孤独ではなくなり楽で、しかし実際人間同士感情や思考まで完全に支配することは難しいので、余っているリソースで色んなことを考えたりしてしまいそのすき間に孤独が入り込むので苦しんでいるような人たちが描かれていることが多い(東京タワーの透くんとか)

そういう人の孤独な営みをうつくしく描くのが上手いよ〜〜〜うますぎる江國香織

そして恋人も家族も、どんなに近しい関係の他者も、私を孤独から救いはしないのだということを何度でも教えてくれていた江國香織

ちゃんと言語化できたのは最近になって初めてだけど、そういう物語を好んで思春期に摂取したことが確実に人格形成に影響与えてる気が、、する、、、

馬鹿な女

リュックについての指摘は1/6あたりに後輩と食事に行った時、エスカレーターで前後の関係になり、「リュック空いてますよ」と言われたのが最後である。

 

その子は「以前、雑貨屋で購入した、自然に口が開いてきてしまうリュック」の話をしてくれた。

「こんなものを売ってはいけないと思いました」と憤っていた。

 

 

今まで暮らしてきて、忘れられない発言というのはいくつもあるけれども、最近なぜか、4〜5年前に恋多き友人の女性が当時の元カレについて言っていた「あの人はね、馬鹿な女が好きなの」という発言が頭から離れない。ちなみに、可愛い声でこともなげに言っていた。口調のトーンまで鮮明に思い出せる…

確か、別れた元彼が、自分の友達と付き合いはじめたという文脈だったと思う、、

 

「馬鹿な女」という言葉のインパクトよ。

 

多分、人のことを心から「馬鹿」だと評する場面が珍しいから印象に残ったんだろう。

 

「馬鹿」という言葉は、日常生活ではあんまり、そのままの意味では使わない。

「馬鹿」「ブス」などの言葉を、ある人を本質から「知能が低い」とか「外見が醜い」と評価するために真っ向から投げつける人はあまりいない気がする。

 

「馬鹿じゃんw」とか「めっちゃブスww」とか言うとき、本気でその対象の本質を馬鹿とかブスとか思っていない。多分。

 

なつかしい。