メモ

記録

7月24日

美しい必殺遊び人の先輩(女性)が、胃腸炎と怪我でボロボロになりながら出社してきた。

 

喧嘩を止めようとして、自分までやられたとのこと。

長袖長ズボンでいらしたので分からなかったが、全身に怪我をしたという。

喉元にも大きなバンドエイドが貼ってある。

 

話の途中からずっと「喧嘩をやめて〜二人を止めて〜私〜の〜ために〜〜あらそ〜〜わない〜〜で〜〜〜〜」のフレーズが頭から離れなかった。

「危険な人には近づかない方がいいですよ。ちなみに私は知り合いで殴り合いの喧嘩する人見たことないです」と伝えた。

 

「え、彼氏とかと殴り合いしたことない?」

 

ないです。

 

「暴力振るわれてることとかって、恥ずかしいから人にはあまり言わないんじゃない?ちなみに私の前の彼氏は、めちゃくちゃに酔っ払うと人を殴ってたよ。しかもね、鏡に映る自分のことも攻撃してたの、うふふふ」

 

 

色々と闇。

 

 

ややモテる男の話を聞き、ある程度の無関心が時にヒーリング効果を高めているかもと思った。

中学生くらいの時に、すごく落ち込んでいる人、すごく悲しんでいる人、すごく怒っている人に対して自分が話の聞き手としてあまりにも無力だと感じて、それからずっと「癒し系になりてえ〜来世はうさぎや犬になりてえ〜」と思ってきた。

 

感情的に話し続ける人に対して、できるだけ同じ熱量を持って接すことや、決定的な打開策(などがある場合は稀だが、その時点でできる限りそうだと思えるもの)を提示できることが、相手にとって価値ある行動だと思っていたが、、

 

そもそも人の話を聞く時に、共感ってあんまり必要ないな。もっというと、冷静さを失っている人に対して親身さは特に価値ないな。愚痴を聞くのに熱は要らないな。

そういえば、いわゆる愛想のいい感じの人ってあんまり熱が感じられない気がする。多分それが心地いいのだけど、、

 

その時は「一緒になって悲しんでくれてありがとう」的に思うかもしれないが、気持ちを落ち着けることには与しないのではないか…そりゃそうか…一緒に盛り上がっちゃいかんのじゃ…

ただ、爆モテの人を考えると、ただ冷静にふんふん聞いているだけじゃ駄目だろうな。いい塩梅に、熱心に…

 

モテへの道。癒し系への道。

 

でもまあ、当然状況や人によって求めているものは違う。

私のごく親しい友人たちはすごくて、私が追い詰められた状態で愚痴を並べ立てると、まず私のことを肯定して、軽く共感して、結構な距離をとった感じのアドバイスをして、「まあ飯でも行こうや」と言ってくれる。だいたいこれがワンパッケージで来る。ものの5-10分。これよ。神。

 

 

 

以前、会社でなんとなく一人でお昼が食べたかったので、適当に「お腹痛いんでお昼やめときますわ」と言って職場の人とお昼にいかなかった日があって、その時に指導係(34歳独身社畜彼女なし男性)がくれたウィダーインゼリーがずっと冷蔵庫に入っているのだけれども、夜ふとそれが目について、見たらパッケージに「鉄分」と書いてあった。

 

あ〜〜〜そういう配慮か〜〜〜〜〜〜〜それはなんだかちょっと気持ち悪い〜〜〜〜〜と思ってしまった。何か。好きな人からだったら嬉しいか?女性からだったら嬉しいか?とか色々考えたが、、うーん。心のパーソナルスペースなのか。要はプライバシー?てかデリカシー?

 

 

捨てるに忍びないが、そもそも私ウィダー飲んだことないし食わず嫌いしてる。

ずっと冷蔵庫に鎮座。見るたびモヤっと…